なぜレイヴパーティーでかかるダンスミュージックは、どれも同じよ うな120BPM(1分間の拍数)前後の単調な四つ打ちリズムなのか。これには深い 理由があると僕は思っている。リズムには特別な力があるのだ。

 アフリカのパーカッショニストなどはよく「太鼓は心臓の鼓動だ」と言 う。胎児は1 0か月の間母親の胎内で心音に包まれ羊水に浮かんでまどろみ続け、 オギャーと生まれる。生まれたばかりの赤ん坊は心音を聞かせると安らぐというし、村 上龍の小説「コインロッカーベイビーズ」のキクとハシという少年は、やはりその心音 を原記憶として持ち続けた。心臓の鼓動は僕らが生きている証であり、太鼓の音はその 原記憶を呼び覚ますのだ。そしてゴアトランスのドラムのスピードは我々の心拍数にも 近い。 
 シャーマンたち(特に北米やユーラシア大陸)が太鼓を、変性意識に入って精霊の世界に赴くための「乗り物」にするということももちろん忘れてはならない。しかもそのリズムは、やはり100~120BPMくらいなのだ。 

 日本の解剖学者で三木成夫という人がいる。彼はずっとヒトの胎児の成長 を研究していて、「胎児の世界」(中公新書)というすごい本を書いた。「個体発生は 系統発生を反復する」という有名な言葉があるが、それを彼は自分の眼で確認していっ た。受精卵 
から発生した胎児の成長の過程を見ていると、36億年にわたる生命の進化、つまりエラを持った魚類がやがて陸に上がり、爬虫類から哺乳類へと変わっていく過程がすべて面影として見いだせることに彼は心底驚嘆している。 

 そして三木さんは、心臓と循環する血管系を持った動物がどのようにして 生まれたのか、さらにいかにして陸に上がり、ついにヒトにまで至ったのかということ を考えてゆく。それをきちんと説明すると長くなるので興味のある方は本を読んでいた だきたいが 
、ここで三木さんの話を持ち出したのは、彼が生命にとっての「リズム」の重要性を強調しているからなのだ。ちょっと引用しよう。

「すべて生物現象には『波』がある・・・ギリシアの哲人ヘラクレイトスは 『万物流転』といった。森羅万象はリズムをもつの謂である。ドイツの生の哲学者ルー ドヴィヒ・クラーゲスは、このリズムを水波に譬え、その波形のなめらかな『更新』の なかに、機 
械運動の『反復』とは一線を画したリズムの本質を見出し、やがてそこから『分節性』と『双極性』の二大性格を導き出すのである。」 
「以上で森羅万象を貫くリズムの本質が明らかとなった。そこでは『生物リズム』と『四大リズム』の二群に分けてこれを見たが、この両者はどのように関係しているのであろう。 
 生物リズムには、大小さまざまが識別された。『生』を告げる身近な心臓の鼓動と呼吸の波動を中心に、小は細胞の波から、日常の睡眠と覚醒、季節的な活動と休息の波を経て、大は種の興亡の波にまでそれは及ぶ。これらの無数の波のなかで食と性のそれが 
『生の原波動』-『いのちの波』としてここではとりあげられた。 
 四大リズムには、極小から極大に至る膨大な規模が・・・『水波』を中心に『光波』『電波』『音波』から、日常の昼と夜、春夏秋冬の交替、地殻の変動、氷河期のくり返しなどがあげられた。これらはすべて素粒子から宇宙球まで各種の球体の螺旋運動によって生じるものであり、自転しながら太陽のまわりを公転する地球の螺旋運動が生み出した日リズムと年リズムがその典型とみなされた。」 
「こうして生物リズムを代表する食と性の波は、四大リズムを代表する太陽系のもろもろの波に乗って無理なく流れ、両者は完全に融け合って、一つの大きなハーモニーをかもし出す。まさに『宇宙交響』の名にふさわしいものであろう。」

 考えてみれば僕らが「生きている」ということは、様々なリズムを絶え間 なく刻みつづけている、ということだ。海から陸に上がった記憶を内包した呼吸のリズ ム、植物から動物になって以来続いてきた心臓のリズム。脳神経系にも脳波のリズムが あるし、女 
性には月のリズムがある。昼と夜のサーカディアン(日周)リズム。そして世代をつなぐ誕生-生長-生殖-死のリズム。僕らがリズムに合わせてゆっさゆっさカラダを動かすことで悦びを感じるのは、たぶんこうした「振動する身体」である僕ら自身の内なる 
リズムが活性化され、さらに他の仲間とそれを共有し共振することがよろこばしいからなのだ。