「まつり」は本来、目に見えない神や精霊の世界とつながる場だ。たとえば盆踊りだって、元々は故郷に 還ってきた死者の霊を慰めるためのものだし。
以前、バリ島の小さな村の祭りを見たことがある。寺院の境内に大勢の男達が上半身裸で座り、ガムランの演奏に合わせて仮面劇や剣の 舞が演じられる。その後、演奏が最高潮に達し、ある瞬間に同時に何人もの男たちが白目を剥いて立ち上がり、剣を胸に当てて暴れ始めた のだ。彼らは明らかにトランス(変性意識)状態に入っていて、周囲の者がそれを取り囲み、懸命に押さえつけにかかる。決められた儀式 や舞を奉納する日本の「祭り」とは違い、目に見えない世界がすぐそこにあり、祭りの場ではそこにアクセスできる、そんな異様な「本気」の空気を感じて鳥肌が立った。バリ島に生まれ育ちバリ・ヒンドゥーを信仰する人たちにとって、神や精霊はとてもリアルな存在なの だろう。

変性意識という のは通常とは違う意識状態全般のこと。酒に酔ったり、寝て夢を見たり、薬物で酩酊したりするのも変性意識状態であり、さまざまな 種類がある。ヒトという動物には、変性意識状態になる能力が備わっているのだ。
バリはヒン ドゥー教だが、多くの呪術師が活躍するシャーマニズム世界でもある。ヒトは太古からシャーマニズムの文化を発 達させ、変性意識状態になることで目に見えない精霊(スピリット)の世界とのつきあいを保ってきた。シャーマニズ ムは世界中にみられるが、シャーマンと呼ばれる人たちは太鼓の音や幻覚性植物の力などによってある種の変性意識状態(シャーマン的 意識状態とも呼ばれる)に入り、自然界の精霊や祖先の霊などと交流する。それは、現実世界の自我がいったん死に、向こう側の世界を旅 して、またこちらに戻ってくる、「死と再生」のプロセスでもある。海の底にダイビングして龍宮城をめぐり、再び水面に戻ってくるよう に。
 
 僕らはふだん、「世界はこれこれこういうものだ」と無意識のうちに身につけ てしまった枠組みで世界 を認識している。コトバによる世界の意味化、分節化といってもいい。コトバのレベルだけでなく、我々の脳の構造という枠組みもある。 そうした秩序化・構造化によって我々は自分と世界を区別し、日々の行動もそれによって可能になっているわけだが、それは同時に我々の 認識の可能性をあらかじめ狭めてしまっている「くびき」でもある。太鼓の音やドラッグなどで変性意識に入ることによってその枠組みが 一時的に外れると、日常の世界の思考や行動をまるで違う視点から眺めることができたりする。

1970年代、メキシコ・ソノラ砂漠に住むヤキ族のシャーマン、ドン・ファンに弟子入りした若き人類学者がいた。彼、カスタネダが本に書いたドン・ファンの精神世界は、西洋文明の行き詰まりを感じていた若者たちを魅了した。ドン・ ファンは、メスカリート(サボテンの一種)の力を借りて変性意識状態に入り、「世界を止める」ことについて語る。秩序をもって滞りな く過ぎてゆく日常 の時間を止め、事物の本来的な姿である混沌の中に身を投じるのだ。
ドン・ファンによれば、 私たちが日常の世界を形作る力である「トナ-ル」の他に、シャーマン的意識状態の時に感じられる力である「ナワール」があり、そこではすべてがつながり あっている。世界はその2つの力が同時に働いてできあがっているという。(「気流の 鳴る音」真木悠介/筑摩書房)そのナワールの力を「見る」こと、すなわち「世界を止める」の がシャーマンの修行の第一歩なのだ。

誰もが太鼓の音を聴いたりして変性意識状態に入って「世界を止める」べきだとは思わない。それはた とえば、誰もが飛行機で海外旅行に行かなくてもいいというのと同じことだ。でも、旅をすると現実の見方が変わったりする。そうするこ との価値に対する認識が広まり、そこから汲みだされたシャーマニズム的・アニミズム的世界観がヒトという動物にとって本来的で自然な ものだということを、多くの人が感覚的なレヴェルで思い出してくれればいいな、とは思う。そうすることで僕らヒトは、再び新たな形で 自然との関係を取り結べるかもしれない。

変性意識は、コトバの獲得と文化の形成によって自然から離れてしまったヒトが、自然とのつながりを 失わずにいるためのチャンネルだった。しかし、どうしてそういう形でしか自然とつながれなくなってしまったのだろうか。もしかした ら、言語をもたない動物達の意識状態は、かえってヒトのシャーマンたちの変性意識状態に近いものがあるのかもしれない。(変性意識は 非言語的 なイメージの世界でもある。)つまりシャーマンたちは変性意識に入ることで本来の動物としての意識状態に「戻る」のかもしれないのだ。

<本>

「気流の鳴る音」真木悠介著
(カスタネダの著書をテクストにした人間解放論)


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